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曹操大いに賊軍を蹴散らし、張飛は董卓を殺そうとする

さて、黄巾賊を討って功を立てた劉備の元に、かつて師事していた盧植(ろしょく)が広宗にて賊の総大将張角と合戦中であるという情報が入る。
劉備は盧植の力になるべく、彼の元に馳せ参じた。盧植は劉備の協力を大変喜んだ。
ところが張角の賊徒は十五万、盧植の兵は五万。兵力に大きな差があった。
そこで盧植は、
「わしは見たとおりここに賊を囲んでおるが、張角の弟の張宝(ちょうほう)、張梁(ちょうりょう)が潁川(えいせん)で皇甫嵩(こうほすう)殿、朱儁(しゅしゅん)殿と対陣しておる。そなたに兵一千をつけるので、潁川へ行き、様子を見た上見方と協力して賊軍を討ち平らげるよう」
と命じ、劉備は軍を率いてすぐに潁川へ急行した。

 

この時で皇甫嵩、朱儁は賊軍と戦っていたが、賊軍は次第に押されて草深い野原に陣を構えた。
そこで皇甫嵩と朱儁は火攻めを決行する。それぞれ兵を率いて敵陣へ殺到すれば、燃え盛る炎に翻弄された賊兵どもは慌てふためき、先を争って逃げ去った。
張宝、張梁は朝から晩まで斬り立てられ、残兵をかき集めて命からがら落ちのびてくると、突然、真赤な旗を立てならべた一隊の軍勢が現れて行く手を遮った。陣頭に馬を乗り出した大将といえば、姓は曹(そう)、名は操(そう)、字は孟徳(もうとく)である。
曹操は退路を遮ると残兵を斬りたて、首級一万余を上げ、数々の戦利品を奪い取った。
張宝、張梁は辛くも切り抜けて落ち延びた。
曹操は皇甫嵩と朱儁に見参し、ただちに兵を率いて張宝、張梁を追った。

 

さて、一方劉備が潁川にたどり着いた時には賊は既に敗れ去った後である。
皇甫嵩と朱儁に見参して盧植の言葉を伝えると、皇甫嵩が、
「張梁らはもはや少数になったので、広宗の張角を頼っていくに違いない。よって、そなたはただちに引き返すが良いだろう」
というので、劉備はまた軍勢を率いて取って返した。
途中までくると、向こうから囚人車がやってくる。車の中を見ると、なんと囚われているのは盧植ではないか。
劉備は仰天して馬から飛び降り、事情を盧植に訪ねたところ、
「わしは張角と何度も対峙したが、彼に妖術を使われてどうしても破ることが出来ずにおったのじゃ。そこへ朝廷より軍情視察として宦官の左豊(さほう)が遣わされてきたのだが、奴めわしに賄賂を要求してきおった。それでわしが断ると、それを根に持ち都に帰ってから陛下に、わしが引きこもって戦わず、兵達の士気を下げていると奏上したので、董卓(とうたく)をわしと代わらせて、わしはこうして都へ連れ戻されて罪を問われる次第となったのだ」
聞くなり張飛は怒り心頭、護送の兵士を斬って盧植を救おうとしたが、劉備が、
「朝廷では公平な裁きが下るはずだから早まるな」
と引き留めた。
そこで関羽が、
「盧植殿が居ないのであれば我々には最早頼るべき当てもない。一旦劉焉殿の元に引き返そうではないか」
と言った。
劉備はこれに同意し、そのまま軍勢を率いて北上した。
進むこと二日で、山の向こうでどっと鬨の声があがった。
劉備らが丘の上から様子を伺うと、官軍が黄巾賊に打ち崩されているところであった。劉備は「天公将軍」の旗を見ると、

「あれぞ張角。いざ参らん」
と叫ぶと、その声と共に関羽、張飛も馬を飛ばし軍勢を率いて打って出た。賊軍はそれまでの勢いを失い、散々にかきみだされて敗走した。
三人は董卓を救って共に陣に帰ったが、董卓は劉備がなんの官職にもついていない事を知ると、掌を返したように粗雑に扱った。劉備が引き下がってくると、張飛は怒りを爆発させた。
「俺たちが命をかけて助けてやったのに、無礼にも程がある。叩き斬ってやれねば腹の虫が収まらぬわ」
と言うなり、刀を掴み本陣に駆け込んで董卓を殺そうとする。さて、董卓の命はどうなるのか。それは次回で。

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