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張がい曹嵩を殺め、曹操徐州を蹂躙す

張がいは手下の主だったものを人気の無いところに呼び出していった。
「俺達は元々は黄巾賊の残党だ。今はいくところが無く陶謙の下に付いているものの、いい事など何一つありゃしねえ。ちょうど曹一族の荷物が山ほどある。ここは曹一族を皆殺しにしてお宝を山分けして、山賊に戻ろうじゃないか」
一同は揃って賛同した。
暴風雨は夜になっても収まらず、曹嵩がまだ寝ないでいたところ、にわかに四方からどっと鬨の声が上がった。一族の者が剣を手にして様子を見に出たところを、出会いがしらに刺し殺された。曹嵩は慌てて妾と共に庭へ走り出て、塀を越えて逃げようとしたが、妾が肥っていて超えられず、途方に暮れて二人で厠へ潜んでいるところを見つかり、揃って殺された。
張がいは曹嵩一家を皆殺しとし、金目の物を奪った上、寺に火をかけて五百人を率いて逃げた。

 

この時、かろうじて命を繋いだ者があり、曹操に報告をした。曹操は地に伏して泣いた。人々が助け起こすと、彼は歯をかみ締めて、
「おのれ陶謙、部下どもに父上を殺めさせたな。この仇、必ずとって見せようぞ。これより直ちに徐州を蹂躙してこの恨みを晴らしてやる」
と、荀ケと程普を残して兵三万をもって三つの県を守らせ、その他の軍勢を上げて徐州へ殺到した。曹操は城を取ったなら領民をことごとく虐殺して父親の仇を雪げと命令した。陶謙の味方をして加勢に駆けつけた者もいたが、曹操の怒りに触れるばかりでかえって殺された。

 

さて其の頃、陳宮(ちんきゅう)は陶謙と深く誼を通じていたので、曹操が報復の兵を起こして領民を皆殺しにしようとしていると聞いて、夜も寝ないで曹操の元に駆けつけた。曹操は彼が陶謙のためにやってきたと考え、会わないように思ったものの、昔命を助けられた恩を踏みにじることも出来ず、やむを得ず面会した。
しかし曹操は陳宮の説得に耳を貸すことは無く、陳宮は追い返された。

 

さて、曹操の大軍が通った跡は、領民は皆殺しに合い、墓は全て暴かれた。陶謙は、
「ああ、わしの判断の誤りから、領民をこのような苦しみに落としてしまった」
と嘆き悲しみ、急ぎ諸官を集めて協議した。すると曹豹(そうひょう)が進み出て言った。
「もはや曹操の軍が攻めてきていると言うのに、手をこまねいて死を待つことがありましょうか。それがし、殿のお力になって曹操を破って見せます」
陶謙はやむを得ず兵を率いて出陣した。曹操は喪服姿で陣頭に乗り出し、陶謙を散々に非難した。陶謙も門旗の下に乗り出し丁重に挨拶し、
「それがし元々曹操殿と誼を結びたく思ったからこそ、張がいにお送りさせたものにございましたが、意に反して奴め賊の心を思い出しあのようなことになりました。まことにそれがしの思惑とは違うと言うことを、どうかご推察下され」
と言えば曹操は、
「何をこの老いぼれが。我が父を殺めておきながら、なお逃げ口上をぬかすか。誰か奴を生け捕ってまいれ」
声に応じて夏侯惇が出れば、陶謙は慌てて陣中に逃げ込む。夏侯惇が追いすがれば、曹豹が槍を武器に躍り出る。二人は数合合わせるものの、にわかに狂風が大いに起こったため、それぞれ兵を引いた。
陶謙は城に入って諸将に言うに、
「曹操の軍は多く戦いも敵うまい。わしは単身投降して、我が身と引き換えに徐州の民をすくおうと思う」
その言葉が終わらない内に、一人が進み出た。
「殿、殿は長く徐州を治められており、領民もみな慕っております。今曹操が如何に大軍であろうと、簡単に城を敗れるものではありません。しばらく堅く守って出陣をお控えくだされ。それがし非才ながら、計を用いて曹操に眼にものを見せてやりましょう」
人々が大いに驚いて、その計は如何なるものかと訪ねる。さてこの人は誰か。それは次回で。