三国志演義.com - やさしく読める三国志演義 -

劉備孔融と対面し、徐州の災いを知る

太史慈は、
「それがしに精兵一千をお貸し下されば、打って出て賊を蹴散らしてみせましょう」
と言う。孔融は、
「そなたの勇敢な事はよく知っているが、賊の数は非常に多い。軽々しく出るのは控えた方がいいだろう」
「母は殿のご恩に感じてそれがしを遣わしました。この囲みを解くことができなければ、それがし母に合わせる顔がありません。なにとぞ決戦をお許しくだされ」
「わしは劉備(りゅうび)殿を当世の英雄と聞き及んでおる。もし彼に加勢に来てもらうことが出来れば、囲みも解けようと思っているのだが、その使いの者がいないので困っているのじゃ」
「それであればそれがしにお申し付けください。殿のご書面を頂ければ、それがしただちに参ります」
孔融は喜んで書面をしたため、太史慈に託した。太史慈は単騎で城外に出ると、訪れた時と同様に敵兵を突き倒して囲みを破り、追手を振り切って昼を夜を馬を駆け、ついに平原県にたどり着いて劉備にまみえた。挨拶を終えて、孔融の現状を事細かに語ると共に、書状を差し出した。劉備はそれを読んでから、
「ところで、貴公は」
「それがしは太史慈と申す田舎者でございます。孔融殿とは意気投合して、共に賊を打ち破ろうと思っておる者です。今は孔融殿は賊に囲まれ孤立無援のありさま、落城も眼前に迫っておりますところ、劉備殿が仁義に厚く、頼りになるお方と伝え聞いて、ご加勢をお頼みに参った次第です」
劉備はこれを聞いて、
「なんと、孔融殿は世に劉備ありとご存知であったか」
と、ただちに関羽(かんう)、張飛(ちょうひ)と共に精兵三千を引きつれ、北海郡へ出発した。賊将は援軍が来たと自ら兵を率いて迎え撃ったが、劉備の軍の少なさに嘲笑った。劉備が関羽、張飛、太史慈と共に陣頭に馬を乗り出すと、賊将が斬りかかった。そこへ関羽が踊りだし、数十合の後、青竜刀で賊将を真っ二つに切り裂いた。張飛、太史慈がすかさず打って出て、敵陣を翻弄すれば劉備も兵を率いてなだれ込む。孔融は太史慈が関羽、張飛と共に羊の群れに入った虎の如く賊軍を蹴散らす姿を見て、自らも兵を率いて城門を押し開けて打って出た。前後より攻め立てられた賊軍は大敗し、投降する者数知れず、残党は散り散りに逃げ去った。

 

孔融は劉備を城内に招きいれると、挨拶の後、盛大な祝賀の宴を行なった。その席で糜竺を劉備に引き合わせて、張がい(ちょうがい)が曹嵩をしたことを話し、
「これにより陶謙殿は曹操の恨みを買い、今曹操が兵を率いて略奪を行い、徐州を取り囲んでいる為、わざわざ加勢を求めに来られたのです」
と言った。