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劉備義に基づき陶謙を救う

劉備は、
「陶謙殿は仁義を知るお方。このような筋違いの咎を受けるとは、思いも寄らないことです」
と答えた。すると孔融は、
「劉備殿は漢皇室に連なるお方です。曹操が人民を苦しめ、弱者を苦しめる今、それがしと共に加勢に参っていただけるお気持ちはございませんか」
「わたくし、勿論その気持ちはありますが、なにぶん手勢が少なく、軽々しく出陣できないのです」
「それがしが陶謙殿を救おうと思うのは、誼があることは勿論ですが、大義の為でござる。劉備殿には大義に立つお心無しということですか」
「それでは、孔融殿は先にお立ちください。わたくしは公孫さん(こうそんさん)殿の元に戻って兵を借り受けた後、ただちに駆けつけましょう」
「そのお言葉にまちがいはございませんな」
「孔融殿はわたくしを何と思っていらっしゃるのか。例え公孫さん殿より兵馬が借り受けられなくても、わたくしは必ず推参いたすでしょう」
承知した孔融は糜竺に返事を持たせて出発させるとともに、ただちに軍を揃えて出立した。
その時太史慈は、
「実はそれがし同郡の劉よう(りゅうよう)殿からお招きの手紙を頂いており、どうしても参らねばなりません。いずれまたお目にかかる日も来るでしょう」
と暇を告げた。

 

劉備は公孫さんの元に戻り、徐州を救おうとする次第を事細かに語った。
「劉備殿と曹操の間には何の恨みも無いではないか。わざわざ他人のために苦労をされるまでもなかろう」
「わたくし一度約束をした上は、信義にもとるようなことは出来ません」
「ならば、歩兵二千をお貸ししよう」
「出来ましたら、趙雲(ちょううん)をお貸しいただけないでしょうか」
公孫さんが承知したので、劉備は関羽、張飛と共に手勢三千を率いて先陣に立ち、趙雲は二千を率いて徐州を目指した。

 

さて、糜竺が徐州へ帰り、孔融が劉備の加勢まで頼んでくれたことを報告し、また他の助勢も得られるとあって、陶謙の心はようやく収まった。
しかし、孔融とその他の援軍は、曹操の軍勢の勇猛さに恐れをなして、はるか離れた山の麓に陣を構え、進軍しかねていた。曹操も加勢が訪れたのを見たので軍勢を前後に分けて待ち構えた。
その時、劉備の軍も到着し、孔融に対面した。
孔融は、
「曹操の軍勢は多く、しかも訓練が行き届いているから、軽々しく戦うのはよろしくない。しばらく彼の動きを見てから兵を進めようではありませんか」
と言う。劉備はそれを聞いて、
「しかし城の中の兵糧が残り少なくなってきているはずで、とても長くは耐えられないことでしょう。わたくし、関羽、趙雲に兵四千を与えて孔融殿の元に控えさせておき、張飛とともに曹操の陣中を斬り抜けて徐州へ参り、陶謙殿と合流して参りましょう」
と言った。