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何曼は大声で叫んだ。曹洪がこれに応じて薙刀を持って斬り結ぶこと四、五十合に及んだが、一向に勝負がつかない。これでは決着がつかないと、曹洪は一案を計じて偽って逃げて見せれば、何曼がこれを追いかける。曹洪は何曼の油断を誘うと、振り向き様に一刀両断に斬り殺した。李典が勢いに乗って馬を踊らせ敵陣に突っ込み、敵将を生け捕った。残党は戦う勢いを無くし、逃げ去っていった。ところが、山陰から一隊の兵士が現れ、先頭に立った偉丈夫が、残党の頭をたった一合手合わせしただけで捕らえた。残党共は慌てて馬を下りて戦意のない事を示し、偉丈夫に捕らえられた。

 

さて、典韋が残党を追って馬を駆けたところ、偉丈夫が軍勢を率いて遮った。
「貴様も黄巾賊の一味か」
と典韋が言うと、
「黄巾の輩五、六百はみんなわしの虜になっているわ」
「何故差し出さんのだ」
「お前がわしの長刀を取ることが出来たら、賊共を引き渡してやる」
典韋は怒り心頭、偉丈夫に突きかかる。両者朝の八時ごろから正午まで戦ったが勝負が付かず、それぞれ一息入れる。まもなく偉丈夫が戦いを挑んできたため、典韋はこれに応じる。こうして日暮れまで戦ったが、それぞれ馬が疲れたためしばらく戦いを止めた。この間に典韋の部下が、曹操にこの一件を耳に入れたため、曹操は大いに驚いて観戦に駆けつけた。次の日も偉丈夫は再び戦いを挑んできた。曹操はその男の威風堂々な姿を見て大いに喜び、典韋にわざと負けるように命じた。典韋は命を受けて闘い、三十合ほど打ち合ってからわざと負けて陣へ逃げ戻った。偉丈夫が陣門まで追いかけて来た時、弓や石弓を射掛けて追い返した。曹操はひそかに落とし穴を掘らせた。そして翌日、再び典韋に戦いを挑ませて、偉丈夫を引き出した。典韋が五、六合打ち合ってから馬首を返せば、偉丈夫はこれを追いかけ落とし穴にはまり、あっという間に捕らえら、曹操の前に引き出された。曹操は自らその縄を解いて、偉丈夫の名を尋ねた。
「それがし姓を許(きょ)、名をちょ、字を仲康(ちゅうこう)と申す。黄巾賊の乱が起こった際に、一門の者と共に砦を固め彼らを防いでおった。賊共はそれがしの怪力を見て逃げ出したので、その後ここを守ってきたものでござる」
曹操はこれを聞くと、
「貴殿の高名は以前より聞き及んでいた。我が軍についてくれまいか」
「それこそ望むところでございます」
こうして許ちょは投降し、曹操は彼を厚くもてなした。その上、捕らえた賊将を切って棄て、汝南、潁川を平定した。