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孫策武勇盛んにて、父の仇を討たんと涙する

劉備は、
「わたくしは以前から徐州を呂布殿に譲りたいと思っておりました」
呂布はなおも心にないことを言って劉備に返すと言ったが、劉備は固く辞退して、与えられた住処に帰った。関羽、張飛は内心怒り心頭であったが、劉備は言った。
「身を屈して分を弁え、時が来るのを待つのじゃ。運命と争うものではない」
一方、呂布は人を遣わして食糧や反物を劉備の元へ届けさせた。これより両家の仲がよくなった事を記しておく。

 

さて、袁術が盛大な宴を開いているところへ、孫策(そんさく)が戦で大功を立てたとの報せがあった。袁術はその労を労って酒宴に同席させた。
孫策は父親を失ってから家族を曲阿(きょくあ)に移り住まわせ、自らは単身袁術のもとを頼ってきていた。袁術は彼を愛し、常々、
「わしに孫策のような息子がおれば、いつ死んでも思い残す事がないのだが」
と嘆息していた。そしてその武勇を見込んで戦を任せたところ、度々勝利を収めたのであった。
その日、孫策は己の陣屋に帰ったものの、袁術の宴席での傲慢な態度に心中面白くなく、英雄であった父孫堅(そんけん)のこと、己の今の落ちぶれた様などを思い浮かべて、我知らず声を上げて泣いてしまった。
と、その時一人の者が外から入ってくるなり、声を上げて笑って、
「これは孫策殿、どうなされた。孫堅殿がご存命の際には、何かと拙者を用いられたものじゃ。貴殿も悩みがあれば、拙者に一言いってくださればよいではないか。一人で泣いていても仕方ござるまいに」
孫策が何者かと見れば、姓は朱(しゅ)、名は治(ち)、字は君理(くんり)というかつての孫堅の部下である。孫策は涙を納めて部屋へ招きいれ、
「私が泣いたのは、父の志を継ぎえぬことを不甲斐なく思ってだ」
「袁術殿に頼んで兵を借り、江東へすすんで大計を計ればよいではござらぬか」
話し合いの最中に、突然一人の者が入ってきて、
「今のお話、それがし承った。それがしの配下に屈強の者が百人ばかりおる。微々たるものではござるが、孫策殿、力をお貸し申そう」
これぞ袁術の幕僚で、姓は呂(りょ)、名は範(はん)、字は子衡(しこう)である。孫策は大いに喜んで、座をすすめ共に語り合った。呂範の言うのに、
「しかし、袁術殿が兵を貸してくれぬ場合はどうしようと」
「私は父の形見の伝国の玉璽(ぎょくじ)を持っている。あれを質にしよう」
「おお、あれは袁術殿が常々欲しがっている物。あれを質とされれば、必ず兵を出すのを承知する出ござろう」