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孫策小覇王と呼ばれ、太史慈を得る

孫策が叫ぶと劉ようの荒武者が一人躍り出た。孫策は三合せずにこれを小脇に抱えて生け捕り、帰陣した。劉よう配下の武将は、味方が捕らえられたのを見ると槍を構えて追いすがり、後ろから孫策を突き殺そうかとしたところ、孫策が振り向いて雷の如くのような一喝を浴びせれば、武将はあっと驚いて落馬し、頭を砕いて死んでしまった。孫策が陣中に戻り、捕らえた武将を投げてみれば、これもまた締め付けられて死んでいた。瞬く間に一人を絞め殺し一人を怒鳴り殺して、これより孫策は「小覇王」と呼ばれるようになった。

 

その日、劉ようの軍勢は大敗し、多くの兵士が孫策に降参し、死者は一万余にのぼった。劉ようは荊洲(けいしゅう)の劉表(りょうひょう)のもとを頼って落ちていった。孫策は自らこれを追い、劉よう配下の武将に降参を薦めたが、このとき一本の矢が飛来して孫策の左足に当たった。孫策は落馬し、諸将が急いで陣屋に担ぎ込み治療を施した。孫策はこれを逆手にとって、味方に孫策は矢に当たって死んだと言わせ、陣中で泣声を上げさせておいて、陣を引き払って一斉に立ち退いた。先に孫策に降参を薦められた武将はこれを聞いて夜襲を仕掛けた。と、たちまち伏兵が四方より起こり、孫策が真っ先に馬に乗ってあらわれ、大声で
「孫策ここにあり」
と名乗りを上げた。敵兵はあっと驚き、皆武器を投げ捨てて地面に平伏した。孫策は武将を討つと兵士は一人も殺すなと命令した。

 

孫策は軍を進めて太史慈を捕らえようと、周瑜と計略を練った。それは火攻めで城から燻り出し、疲れ果てるまで逃げたところを伏兵が彼を捕らえるというものだった。かくして太史慈は生け捕りにされて孫策の前に引っ立てられた。孫策は自ら太史慈の縄をほどくと厚く遇した。太史慈は孫策の手厚いもてなしに感じ入り、降参を申し出た。
孫策は太史慈の手を取って笑い、
「先の一騎打ちの際に、もし貴公がわしを生け捕りにしていたら、今頃わしは生きてはいなかっただろうな」
「それは分かりませぬ」
と、太史慈も笑って答えた。
孫策は大いに笑って酒宴を開いて太史慈を歓待した。すると太史慈の言うのに、
「劉よう殿はこの度の敗戦で、兵士の心が離れております。それがしは彼らを集めて殿の元に馳せ参じようと思いますが、お聞き届けくださりますか」
孫策は気分上々でその願いを聞き入れ、
「ここで貴公と約束いたそう。明日の昼に帰ってこられよ」
と言った。諸将が、
「太史慈は戻っては参りますまい」
と言うのを、孫策は、
「太史慈殿は信義を知る男じゃ。約束をたがえることは無い」
と言った。
翌日、正午になろうとする時、太史慈が千余の兵士を引き連れて陣屋に戻ったので、孫策は大いに喜び、諸将は孫策の人を見る眼の確かな事に敬服したものであった。
こうして孫策は数万の軍勢を引き連れて江東に下り、民衆をたすけたので、人民はみな孫策を慕った。

 

これより兵を進めて山賊を根絶やしにし、江南も平定したので、孫策は朝廷に上奏文を奉ってこの旨を報告し、袁術に玉璽の返却を催促した。
しかし袁術は内心帝位に昇るつもりであったので、それを断ると共に幕臣諸将を集めて協議した。
「孫策はわしが軍勢を貸したおかげで江東の地をことごとく取ったというのに、玉璽を返せとはまことに恩知らずな奴。どうしてくれようぞ」
袁術の言葉に、一人の臣下が歩み出て言うには、
「孫策は現在、精兵を備えて兵糧も十分に蓄えております。今すぐに攻めるのはいかがかと存じます。それよりも、今はまず劉備を討って恨みを晴らし、その後で孫策を討つことを考えても遅くはないでしょう」
さて劉備の命運はどうなるか。それは次回で。