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張しゅう戦わずにして降伏し、曹操連日女人に溺れる

曹操は翌日、上奏文を奉って劉備を予州の責任者に推挙した。
程c(ていいく)がこれを諫めて、
「劉備は人の下に立って終わる人間ではありませぬ。今のうちに亡き者にするのがよろしいかと存じます」
と言ったが、曹操は、
「今こそ英雄を用いる時じゃ。一人を殺して天下の信頼を失うような事はできぬ」
といって聞き入れず、劉備に兵卒と兵糧を与え、予州の認知に赴かせ、更に小沛へ兵を向かわせ分散した劉備の部下を呼び集めた上、共に呂布を討とうと約束した。

 

さて、曹操が自ら兵を率いて呂布討伐を行なおうとした際に、急報がもたらされた。曰く、張済(ちょうさい)が流れ矢に当たって死んだが、その甥の張しゅう(ちょうしゅう)が後をついで軍勢をまとめ、賈く(かく)を参謀として劉表(りゅうひょう)と手を結び、天子を奪い取るため都に攻め上ろうとしているとのことである。
曹操は大いに怒って兵を起こそうとしたが、その隙に呂布が許都に攻め入ってきたらと思ったので、荀ケに相談したところ、
「それはご心配には及びません。呂布は目先の欲に右往左往する奴で、謀略を知りません。殿が恩賞をお与えになって劉備との和睦をするようになされば、呂布は喜んで先のことなど考えもしないでしょう」
曹操は喜んでその策を取ると共に、十五万の大軍を起こして、自ら張しゅうの討伐に向かった。一方、張しゅうの軍では賈くが、
「曹操の大軍にはとても敵いません。降参いたした方がよろしいと存じます」
と勧めたので、張しゅうはこれに従い、賈くを使者として曹操に降参を申し入れた。曹操は賈くの弁舌をたいそう気に入り、幕僚として迎え入れようとしたが、賈くは、
「それがし、今は張しゅう殿の信頼を得ているからには、これを見棄てるのは心が許しませぬ」
と言って辞した。
翌日、賈くが張しゅうを連れて来ると、曹操はこれを大いにもてなし、宛城に入場した。これより数日、張しゅうは連日酒宴を設けて曹操をもてなした。
ある日、曹操が酔って側近の者に、この城内には妓女はおらぬのかと尋ねたところ、曹操の甥が答えた。
「張しゅうの叔父張済の妻が、大層美しい女でございました」
曹操は甥に命じてその女を連れてこさせた。見れば花のような美しい容貌である。名を問えば、
「鄒氏(すうし)と申します」
と答える。曹操は鄒氏に伽を命じ、共に一夜を過ごした。彼女を大層気に入った曹操は、翌日城外に移り、典韋(てんい)を幕外に宿直させ、連日鄒氏との快楽に耽った。