三国志演義.com - やさしく読める三国志演義 -

袁公 大いに七軍起こし 曹孟徳 三将を会合せしむ

<主要登場人物>
袁術(えんじゅつ)・・・帝を名乗るが、諸侯に破れ逃げ帰る
呂布(りょふ)・・・袁術に攻め込まれるが、討ち返す
曹操(そうそう)・・・英雄の一人。帝を擁する
陳宮(ちんきゅう)・・・呂布の参謀
陳珪(ちんけい)・・・息子と協力して呂布を言葉巧みに操る
陳登(ちんとう)・・・劉備を主君と仰ぎ、そのため父と協力して呂布を言葉巧みに操る
韓せん(かんせん)・・・袁術の配下だったが、陳登の説得に応じ寝返った
楊奉(ようほう)・・・袁術の配下だったが、陳登の説得に応じ寝返った
劉備(りゅうび)・・・英雄の一人。呂布に徐州を取られ、小沛に留まる
紀霊(きれい)・・・袁術の武将
関羽(かんう)・・・劉備の義兄弟
孫策(そんさく)・・・袁術の協力要請を断り、開戦に踏み切る
張昭(ちょうしょう)・・・孫堅の代から孫家に仕える参謀
典韋(てんい)・・・曹操の武将。張しゅうの夜討ちから曹操を守り死亡した
楊奉(ようほう)・・・袁術の部下だったが、呂布側に寝返る。しかしその後の略奪が酷かった為、関羽、張飛に討たれる

張飛(ちょうひ)・・・劉備の義兄弟
夏侯惇(かこうとん)・・・曹操の武将
于禁(うきん)・・・曹操の武将
荀ケ(じゅんいく)・・・曹操の参謀
張しゅう(ちょうしゅう)・・・董卓の配下だった叔父の志をついで曹操と戦う
劉表(りゅうひょう)・・・張しゅうと手を結び曹操と戦う
曹洪(そうこう)・・・曹操の武将
李かく(りかく)・・・都を蹂躙したが、打ち首になった
郭(かくし)・・・都を蹂躙したが、打ち首になった
郭嘉(かくか)・・・曹操の参謀
許ちょ(きょちょ)・・・曹操の武将
賈く(かく)・・・張しゅうの参謀。曹操の策の裏をかくという

 

<概要>
袁術が孫策から質に取った伝国の玉璽をもって帝の位に昇った。子を東宮に立てた暁に、呂布の娘を妃にしようとしたが、呂布が使者を曹操の元に送って斬らせたと知り、怒って呂布征伐に乗り出した。

 

呂布陣営では陳宮が陳珪、陳登親子がことの原因であると責め立てたが、陳登の策によって韓せん、楊奉を味方に得て、袁術を撃退した。

 

袁術は報復のために孫策に兵の借入を申し入れたが、孫策はこれを断った。そこへ曹操より袁術討伐の詔が届いた。孫策は張昭の勧めにより、曹操に南征勧めた。
曹操は呂布、劉備を伴い袁術討伐の軍勢を起こした。曹操軍は袁術が逃げ出すまで追い詰めたが、兵糧不足により止めを刺すには至らなかった。

 

曹操が許都に戻ると、李かく、郭の首が献上された。こうして李かく、郭の乱は平定された。曹操は張しゅう叛乱を鎮めるべく、大軍を率いて打ち立った。張しゅうが籠城するところ、曹操は城の造りを視察し、策を立てる。がしかし、それを眺めていた賈くはその策の裏をかいてみせるという。さてどうなるか。

三国志演義 第十七回 - 其の一

さて袁術(えんじゅつ)は広大な領地と豊富な作物に恵まれていたうえ、孫策から質に取った伝国の玉璽まで持っていたので、ついに皇帝を名乗る事に決めた。反対する者は斬って棄てると脅し、皇位に昇った。そこで呂布(りょふ)の娘を呼び寄せ、東宮の妃にしようとしたが、呂布が既に使者を曹操(そうそう)に斬らせたと知り...

≫続きを読む

三国志演義 第十七回 - 其の二

そこで呂布は軍を五つに分け、自らも一隊を率いて出陣した。呂布は城外三十里のところに陣を布いたが、やってきた敵将は呂布を恐れて二十里後退して陣を取り、援軍を待ち受けた。その夜、韓せん、楊奉が手当たり次第に火をかけさせると共に、呂布の軍を陣中へ引き入れえた為、袁術の軍は大混乱に陥り、呂布が散々に打ち据え...

≫続きを読む

三国志演義 第十七回 - 其の三

さて孫策は袁術が攻めてくるのに備えていた。そこへ曹操の使者が来て、孫策の位をあげると共に、袁術を討伐するよう詔を伝えた。孫策は軍議を開き、ただちに兵を起こそうとしたが、張昭(ちょうしょう)が、「袁術は先の戦で破れてから日が浅いとはいえ、まだまだ軍勢兵糧共に充実しております。軽々しく立ち向かえる敵には...

≫続きを読む

三国志演義 第十七回 - 其の四

さて、曹操の軍は兵士が十七万もいるため、日々の兵糧の消費がはなはだ激しかった。更に旱魃が起こり、瞬く間に兵糧が尽きようとした。曹操は速やかに勝負を決しようとしたが、敵は城の門を閉ざして合戦に応じようとしない。その状態が一月余りも続いて、兵糧がすっかり無くなってしまったので、孫策に米十万石を借り受けた...

≫続きを読む

三国志演義 第十七回 - 其の五

曹操はただちに孫策に劉表を牽制して足止めをするように命ずると共に、自らは即日陣払いをして、張しゅう討伐を考える事とした。さて曹操が軍を率いて許都に帰るなり、李かく(りかく)、郭(かくし)を殺して、首を献上してきた者があるとの報せがあった。更に李かくの一族二百余名を引っ立ててきたとのことで、曹操は彼...

≫続きを読む