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劉備晒し首を差し出し、曹操大いに驚く

さて孫策は袁術が攻めてくるのに備えていた。そこへ曹操の使者が来て、孫策の位をあげると共に、袁術を討伐するよう詔を伝えた。孫策は軍議を開き、ただちに兵を起こそうとしたが、張昭(ちょうしょう)が、
「袁術は先の戦で破れてから日が浅いとはいえ、まだまだ軍勢兵糧共に充実しております。軽々しく立ち向かえる敵にはございません。しからば、曹操へ南征を勧め、われらも北征すると申し送るのが妥当と心得ます。そうすれば、南北から挟まれた袁術が敗れるのは必定。また、万が一我らが敗れても、曹操の救援が得られるでしょう」
と言うので、孫策は同意して、使者を送ってこの旨を曹操に伝えた。

 

さて曹操は、許都に帰ってからも典韋(てんい)を亡くしたことを嘆き、祠堂を建立してその霊を祭ると共に、典韋の子供を側近に用いた。そこへ孫策からの使者が書面を携えてやってきた。それを読み終えたところに、袁術が食糧不足のため略奪を働いているとの報せが入ったので、その隙を衝くべしと南征を行う事とした。出陣に先立ち、曹操は使者を孫策と劉備、呂布に送って共に合戦に出合うよう申し送っておいた。すると劉備がはやくも兵を率いて現れて、曹操に二つの首を差し出した。曹操は驚いて、
「これは誰の首であるか」
「楊奉(ようほう)らの首でござる」
と言い、劉備はこの首を手に入れた経緯を説明した。
「この者共はみだりに略奪を働き、下々の者の恨みの的となっておりましたので、それがしが弟の関羽、張飛(ちょうひ)に討たせたのでござる。よって、わたくしはこうしてお詫びに参ったのです」
「なんと、貴殿は国家のために害を除かれたのではござらぬか。大功こそあれ、詫びをするなどとは滅相も無い」
曹操は劉備を厚く労うと、共に徐州の境界まで辿り着いた。出迎えた呂布を曹操は言葉巧みに丸め込み、官位を餌に従えた。こうして曹操は呂布を左翼に、劉備を右翼にして、自らは大軍を率いて中軍となり、夏侯惇(かこうとん)、于禁(うきん)に先鋒を命じた。

 

袁術は曹操至ると知り、先鋒の武将を送り出したが、夏侯惇と戦って三合もせぬうちに殺されて、袁術の軍勢は大敗して逃げ戻ってきた。そこへ孫策が軍船を率いて西から、呂布が東から、劉備が南から、曹操自らが十七万の大軍を率いて北から押し寄せるとの報告が入ってきた。袁術は仰天して、至急幕僚を集めて協議を開けば、一人の大将が、
「長らく旱害が続き人民どもも飢えに苦しんでおります。よって、今兵を動かして人民を苦しめれば、必ずや陛下を恨むようになるでしょう。むしろ城に立てこもって戦わぬ方がよろしいと存じます。そうすれば敵は兵糧尽きて混乱するのは必定」
袁術はその言を用い、大将らに兵十万を与え、寿春を固めさせ、自らは倉庫に納めてあった金銀財宝を洗いざらい取りまとめて一時避難した。