三国志演義.com - やさしく読める三国志演義 -

曹操大敗を喫し 典韋を思い涙する

さて賈く(かく)は曹操(そうそう)の作戦を見抜いたので、張しゅう(ちょうしゅう)に言った。
「それがしが見たところ、曹操は東南角の城壁の痛みが激しいのをみて、そこから攻め込む腹に違いありません。必ずや闇夜に紛れて東南角から乗り込んでくるでしょう」
「ではどうしたらよいのだ」
「簡単なことです。選り抜きの兵士に身軽ないでたちをさせて、東南の民家に潜ませて手薄に見せかけ、曹操軍が城壁を乗り越えたところへ、一斉に伏兵を繰り出せば、曹操も手捕りできますでしょう」
張しゅうは喜んでその計に従い、手はずを整えた。これを見た曹操郡の物見の兵が、張しゅうは東南角を空にしていると報告してきたので、曹操は、
「わしの思うつぼじゃ」
と、夜が更けた頃、精鋭兵を率いて東南角から一斉になだれ込んだ。すると伏兵が四方から討って出てくる。曹操が慌てて軍を引けば、張しゅう自ら追い立てた。明け方になって張しゅうが引き上げ、曹操が被害を調べたところ、使者五万余名、大将らも傷を負っていた。

 

賈くは曹操が敗走したのを見るなり、劉表(りゅうひょう)へ使者を送り、その退路を断ち切らせるよう張しゅうに勧めた。劉表は報せを受け取るなり、ただちに出馬しようとしているところへ、孫策(そんさく)が兵を出しているとの早馬があった。
「孫策が兵を出したのは、曹操の計でございます。この機に討ち取ってしまわねば、先々禍の元となりましょうぞ」
と幕僚に言われて、劉表は黄祖(こうそ)に命じて孫策の対応に当たらせ、自らは曹操の退路を絶つ事とした。
張しゅうは劉表が出陣したと知ると、賈くを伴い軍勢を率いて早々を追った。

 

さて、曹操の軍は遅々として退いてきたが、あるところで曹操がにわかに声を上げて泣き出した。皆が驚いてその訳を尋ねると、曹操は、
「去年ここで落命した典韋(てんい)のことを思い出し、涙をこらえることができなかったのだ」
と言った。曹操が自ら香を炊きながら涙ながらに礼拝する様子を見て、全軍感じ入ったものであった。典韋の供養を済ませたあと、長子曹昂(そうこう)、甥及び陣没した将兵を供養し、射殺された馬までも祭った。

 

翌日、荀ケ(じゅんいく)からの使者が到着して、
「劉表が張しゅうに加勢し、お味方の帰路を絶とうとしています」
と知らせてきた。曹操は、
「わしが遅々としてしか進まないのには理由がある。賊が追ってくるのは承知の上だ。案ずるでない」
との返書を使者に渡し、軍を進めた。