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呂布籠城計り 曹操傘を射抜く

劉備は嬉しさと今までの苦労が混ぜこぜになった思いで二人と再会し、曹操に引き合わせた。彼に随って徐州に入れば、糜竺が現れて家族の無事を告げたので、劉備は大いに喜んだ。また、陳珪、陳登親子も曹操に目通りした。曹操は盛大な宴会を開き、彼らと諸将の労を労った。

 

曹操は徐州を手に入れた勢いで、更に下ひ攻略の事を協議したが、程c(ていいく)がそれを諫めて言った。
「呂布は今下ひ城をもつのみでございますが、これ以上熱烈に攻め立てれば、捨て身の戦をした上に袁術と手を組む事は必定です。こうなったら中々手堅い相手になるでしょう。むしろ今は有能な者に淮南(わいなん)への道筋を固く守らせて、呂布と袁術が手を組まないように仕向けた方がよろしいでしょう。また、山東には山賊が下ります故、これも放置はできかねます」
「では、山東はわしが引き受けよう。淮南については、劉備殿、お引き受け下さらぬか」
「しかと承知つかまつりました」
翌日、劉備は糜竺、簡雍(かんよう)に徐州を任せ、孫乾、関羽、張飛を伴い淮南の途筋に出陣し、曹操は水から兵を率いて下ひ攻略に向かった。

 

さて呂布は下ひ城には十分な兵糧を蓄え、水の守りもあることで、立て篭もっていれば敗れることは無いと安心しきっていた。陳宮が、
「今曹操軍は到着直後で陣も固まっておりません。力を蓄えた兵をもって攻め立てれば勝てますぞ」
と言ったが、呂布は、
「我々はもう度々敗れてきた。そう軽々しく出陣するべきではない。敵が攻めてきたときに討って出れば、一人残らず水の堀にはまりこむわ」
と聞き入れない。数日して曹操の陣屋が定まると、曹操は城下から呂布に話しかけた。
「呂布殿はまたしても袁術と縁組を取り交わしたとのこと。それ故我々は軍を率いてやってきたのだ。袁術は反逆した大罪人。貴公は董卓(とうたく)を討って大功を立てながら、今になってその功績を棄ててまで逆賊に従おうとなされるのは何故か。早く降参してともに漢王朝を支えるのであれば罪を負うこともないであろうに」
「丞相殿、しばらくお待ちください。皆と相談してご返答いたします」
と呂布が言った時、側に控えていた陳宮が曹操を大いに罵り、弓を取るなり曹操の傘を射抜いた。
「おのれ、必ずや貴様の命をとってやるぞ」
と曹操は陳宮に言い放つと、軍勢に下知して攻めかかった。
陳宮は呂布に言った。
「曹操は遠路はるばる来た為、長く耐えられるはずがございません。呂布将軍は屈強の者どもを率いて出陣なさいませ。それがしは他のものを率いてこの城を固めます。曹操がもし呂布将軍に攻めかかれば、それがし討って出てその背後を突き、曹操がもし城攻めに参ったら、呂布将軍がその背後にお回りください。そうすれば投下もせずに曹操の軍は兵糧が尽きましょう」
「いかにも、もっともじゃ」