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劉備袁紹と手を組み、曹操と戦う

さて陳登(ちんとう)は劉備(りゅうび)に献策して、
「曹操(そうそう)が恐れているのは袁紹(えんしょう)でございます。彼に助けを求めたらうよろしいではござりませんか」
劉備はこの策を取り入れて、袁紹に救援を求める書面を送った。袁紹は書面を読み、諸官を集めて、曹操討伐について論じあった。意見は入り乱れ、白熱したが、最終的には劉備と共に曹操と開戦することとした。
こうして袁紹は出陣した。

 

曹操の陣営では袁紹至ると聞いて、袁紹と和睦を勧める者がいたが、荀いく(じゅんいく)は、
「袁紹は無能な男。和睦などする必要はございません」
と主張し、曹操もこれに同意した。
かくて曹操は自ら二十万の大軍を率いて袁紹を食い止めることとし、劉岱(りゅうたい)と王忠(おうちゅう)に劉備討伐を命じた。程c(ていいく)が
「彼らではちと心ものないのではありませんか」
と言うと、
「劉備の敵ではないのは分かっている。時間稼ぎをさせるだけじゃ」
と言い、二人に向かって、
「軽々しく進むのではないぞ。袁紹を破った上でわしが軍を率いて参るからな」
劉岱、王忠は五万の兵を率いて出立した。

 

さて、劉岱、王忠は曹操の言いつけ通り本陣に曹操の旗印を掲げて、それ以上進まずにいた。するとそこへ曹操より使者が到着して、二人に軍を進めよとのこと。二人はどちらも先鋒をつとめるのを望まず、くじを引いて当たった方が行くこととした。かくて王忠が「先」の字を引き当てたので、やむを得ず半数の兵を率いて徐州に攻め行った。
劉備は敵が攻めてきたと聞き、陳登を招いて協議した。
「袁紹殿は黎陽に陣を取っておるものの、臣下間の不和のため兵を進めようとされず、曹操の所在はよく分からぬ。これはどうしたこうとか」
「曹操は百戦錬磨の策謀の持ち主でござれば、黎陽に重きを置いて自ら監督に当たっておるに相違ございません。故にわざと旗印を立てずに、ここに目立つように立てておるもの。それがしは、曹操はここにはおらぬと思います」
すると関羽(かんう)が、
「それがしが様子を見て参りましょう」
こうして関羽は兵三千を率いて徐州の城を出た。
季節は冬、雪が乱れ飛ぶ中を関羽は馬を駆り敵陣に乗り込んだ。そして王忠を引っ捕えると、徐州に帰り劉備の前に出た。

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