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曹操董貴妃殺め、劉備夜襲に敗れる

さて曹操(そうそう)は、曹操討伐の詔を見て、幕僚たちと協議し、献帝(けんてい)を廃して別の帝を立てようとしたが、程c(ていいく)に、
「殿がこうして天下に号令なさるのも、天子の御名を戴いているためです。諸侯の平定も済ませておらぬ今、帝を廃したりしては大いに反発を食らうこと間違いありませんぞ」
と諌められ、思いとどまった。しかし、董承(とうしょう)ら五人と、その一族は女子供まで一族郎党ことごとく打首とし、その数は七百余人に達した。
更に曹操は董貴妃(とうきき)を弑し奉ろうとした。貴妃は董承の妹で、帝の寵愛を受け、既に懐妊して五箇月になっていた。曹操は佩刀して帝のもとを訪れると、
「董承の謀反のことをご存知か」
と帝を問い詰めた。そして董貴妃を引っ捕えた。
帝は必死に助命をなされたが、曹操は刑手に命じてくびり殺させた。

 

曹操は禁裡の門衛を呼んで、
「今後外戚皇族を問わず、わしの許しを得ずに中に立ち入る者があったら、その場で斬れ。守備を怠れば同罪にするぞ」
と命じ、更に曹洪(そうこう)に兵を与えて厳重に監視させることとした。

 

さて曹操は劉備(りゅうび)も同様に成敗したいと考えたが、袁紹(えんしょう)の助勢が気掛かりであった。それを郭嘉(かくか)に問うと、今が出陣の好機と励まされ、二十万の大軍を起こし、徐州に向かった。
これを受けて劉備は袁紹に加勢を頼む書面をしたためて孫乾(そんけん)を遣わせた。しかし袁紹は赤子の病に心を奪われており、それどころではないと出兵しなかった。孫乾は袁紹が出兵しないのを見て、やむを得ず帰り劉備に事の次第を伝えた。
劉備は大いに驚いて、
「ならばどうしたものであろう」
と言うと、張飛(ちょうひ)が、
「兄貴、心配することはないぞ。曹操の軍勢は遠路はるばるやってきて疲れきっている。だから到着したところをこちらから夜襲をかければ簡単に勝てるぞ」
劉備はその策を採用し、夜襲をかけることとした。
しかしその頃曹操の陣営ではにわかに吹き荒れた風が、一本の旗を折った。曹操はただちに吉凶を占わせると、今夜劉備が夜襲をかけてくると出た。曹操は、
「これは天の御告じゃ、ただちに備えを固めよう」と言って、夜襲に備えた。

 

この夜、劉備と張飛は二手に分かれて打って出て、孫乾は小沛(しょうはい)の留守を、関羽は下?城(かひじょう)の留守を担った。
さて張飛はしてやったりと曹操の陣営に突き入ったが、静まり返って人気がない。そこへ四方から火の手が上がり、八方から大群が攻めてきた。張飛は奮闘するうちにようやく血路を開いて囲いを逃れたが、小沛、下ひ城への退路を既に断たれていたため、やむを得ず山を目指して落ち延びた。
劉備も張飛同様退路を絶たれ、袁紹を頼って落ち延びることとした。

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