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張遼 合戦を止め 関羽 黄巾を嗤う

さて関羽(かんう)が孫乾(そんけん)と共に兄嫁を警護して汝南(じょなん)へ向かおうとしたとき、夏侯惇(かこうとん)が追いかけてきた。関羽は薙刀を突き付けて、
「夏侯惇、それがしを追うとは丞相(じょうしょう)のお気持ちを無駄にする気か」
と言うと、夏侯惇は、
「丞相からはなんのご指示も頂いていないぞ。貴様、道中我が軍の武将を斬り、しかもわしの武将を手にかけるとは許し難い。引っ捕えてやるから覚悟しろ」
と言うなり、斬りかかり、二人が切っ先を交えようとしたその時、一人の武将が馬を飛ばしてきた。
「関羽殿、夏侯惇殿、そこまでになされ」
二人が見れば、張遼(ちょうりょう)である。張遼が、
「それがし丞相のご命令によって参った。丞相は関羽殿が関所の大将を斬られた事をお聞きになられ、怒った者が関羽殿の道のりを遮るようなことがあってはならないと心配されて、各地の関所を全てお通しするように仰せられた」
これを聞いて夏侯惇は、
「しかしこやつは蔡陽(さいよう)殿の甥も斬っておる。これを見過ごすことは出来ん」
張遼、
「それは、それがしが蔡陽殿によく話をつけておく。丞相が大きなお心で関羽殿を許されたものを討とうと言うのは、それに背くことになりますぞ」
夏侯惇は仕方なく納得すると、張遼と共に帰っていった。

 

行くこと数日、関羽一行は雨を凌ぐため道中見かけた屋敷に宿を求めた。屋敷の主人は一行を丁重にもてなしたが、夜更けに主人の息子が赤兎馬(せきとば)を盗もうとして騒ぎを起こした。怒った関羽は息子を斬り捨てようとしたが、主が必死に助命するためこれを許した。
翌日、主人夫婦が見送りに出て、
「馬鹿息子がご無礼を働きましたにも関わらず、お許しいただきまして、誠にありがとうございました」
と礼を述べたので、関羽が、
「息子殿を連れて参られい。それがしがよく諭してやろう」
と言うと、
「せがれはまたどこかへ出ていきましてございます」
と主人が言う。
関羽は主人に礼を述べ、屋敷を出ると、孫乾と共に車を守って山道へ入った。しばらくすると、山陰から百人あまりの一隊が現れた。頭らしき二人が馬に乗っているが、一人は黄巾族の装いで、その後ろに控えるのは、なんと先の屋敷の息子である。
黄巾族の男が言った。
「俺は黄巾族では名の知れた者だ。そこの奴、命が惜しくば赤兎馬を置いてゆけ」
関羽はカラカラと笑って、
「貴様、黄巾族であったというのなら劉備三兄弟を知っておるだろうが」
と言った。