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劉備 兄弟と再会を果たし 涙する

さて孫乾は一人で劉備に会い、これまでのことを仔細にわたって話した。劉備が言った。
「簡雍もここに来ているから、こっそりと呼んで打ち合わせをしよう」
簡雍が来ると三人は脱出の策を練った。簡雍が言うには、
「劉備様が明日袁紹に対面され、荊州(けいしゅう)へ行って劉表(りゅうひょう)を見方に付け、共に曹操を討つようにしてくると申されれば、ここを抜け出すよい口実になるでしょう」
劉備はその策を取り入れ、袁紹に進言すると受け入れられた。袁紹は劉備に行くように命じると、話題を変えて言った。
「ところで、近頃関羽が曹操のもとを立ち退いて、こちらに来る途中だとか聞いたが、わしはやつを殺して顔良、文醜の恨みを晴らそうと思っておる」
「袁紹様は以前彼を召抱えるために、わたくしに呼び寄せよるようにおっしゃられたのに、これは解せません。それに関羽を虎に喩えるなら、顔良、文醜ごときは鹿のようなもの。鹿を二匹失ったとしても、虎を一頭得られるならばよいではありませんか」
袁紹は笑って、
「いや、実は関羽を気に入っておるので、ふざけてみたまでじゃ。貴公より人をやって早く来るように申しておいてくれ」
「ならば、孫乾を遣わして連れてこさせます」
袁紹は大いに喜んで同意した。
劉備が退出すると、簡雍が、
「劉備は今度こそ帰ってきますまい。それがしをお目付け役として同行させて下さいませ」
袁紹はこれを許した。郭図(かくと)が反対したが、袁紹は相手にしなかった。

 

劉備はこうして袁紹のもとを離れ、関の屋敷へ向かった。そこで関羽と再会すると、手に手を取り合って涙をながしたものだった。
そこへ関老人が、武芸の心得のある次男坊を関羽に奉公させたいと言い出した。名を関平(かんぺい)と言った。劉備が関平を関羽の養子に迎えるように提案すると、老人は喜んでそのとおりにした。以来、関平は関羽を父と、劉備を伯父と敬うようになった。

 

劉備一行が周倉との約束の道を行くと、手傷を受けた周倉が待ち迎えていた。関羽は劉備に周倉をお目通りさせると、傷のわけを聞いた。
「それがしがあじとに戻ると、たったの一騎で手下どもを萎縮させ、あじとを乗っ取っている武者がおりました。それがし腹を立ててその武者を討ち取ろうと致しましたが、逆に三ヶ所も手傷を受けましたので、関羽様にご注進に参りました」
劉備がそのものはどのような者かを聞くと、周倉は名前は分からないが世にも類稀な人物であろうと答えた。