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賊の討伐に向かい、劉備策を献じる

さて、朱儁は兵を率いて城を取り囲んで攻める一方で、人を遣わして皇甫嵩の消息を探らせた。
その者が帰って言うには、
「皇甫嵩殿は大勝をおさめられました。お上におかれましては董卓殿が負け戦ばかりなので、皇甫嵩殿に交代になりました。皇甫嵩殿が着任された時、張角(ちょうかく)はすで病を得て死んでおり、張梁が指揮を取って戦いましたが、皇甫嵩殿は七度の合戦に全て打ち勝ち、ついには張梁を切り殺し、張角の棺をあばいて屍を切り刻み首を晒し都へのぼらせたので、残党は全て降参いたしました。朝廷では皇甫嵩殿を車騎将軍(大将軍に続く位)にし、冀州の牧(州の責任者。牧はつねに軍権を与えられているので、皇甫嵩の権限は大いに強化された)に就任されました。また、皇甫嵩殿は、盧植(ろしょく)殿に功労があって罪はないことを奏上し、盧植殿の疑いは晴れました。そして、曹操殿も功績によって済南(さいなん)の相(しょう。中央より派遣されて民政を司る)に任ぜられました」
朱儁はこれを聞くと兵を励まして城攻めに全力をかけた。いよいよ落城という時、張宝は配下に刺し殺さ、首を斬られた。
賊将は張宝の首を持って降参してきた。朱儁はこうして勝利を奏上した。

 

さて、生き延びた黄巾賊に趙弘(ちょうこう)、韓忠(かんちゅう)、孫仲(そんちゅう)という者がいた。
三人は張角の仇を討つと言い、数万の味方を集めてところ構わず放火強盗を働いた。
朝廷は朱儁に彼らを討伐するよう命じた。朱儁は命を受けて劉備らと軍を率いて進発した。
この時、賊は宛城(えんじょう)を占領しており、朱儁が攻めかかると、韓忠が防戦に出てきた。
そこへ劉備らが攻めかかったので、賊軍は城へ逃げ込んだ。
やがて城内では兵糧も尽き果て、投降を申し入れてきたが、朱儁は応じない。劉備が、
「むかし高祖皇帝が天下を得たのは、降参をすすめて投降してきた者を快く受け入れたからだと言われます。朱儁様はなぜ韓忠をお許しにならないのですか」
と進言すると、朱儁は、
「その時代は天下が大いに乱れ、民の主たる者もいなかったため、恩賞を与えてまで投降をすすめたのだ。今は天子様が治める世の中で、謀反する者は黄巾賊ばかり。もし今賊の降参を受け入れようものなら善行を進めることができなくなるではないか」
そこで劉備は「誠にごもっともです」と同意の上、
「しかし四方を囲んだ上に投降を受け入れないとなれば、賊が命がけで戦うであろうことは目に見えています。そこであえて逃げ道を作って攻め込めば、賊は戦う気を失って城を棄てて逃げるでしょうから、容易に捕まえる庫ことが出来ると思われます」
と献策した。