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孫策 許貢を処し 大いに矢傷を負う

その頃孫策(そんさく)は精兵を従え兵糧も豊かに蓄え領土を広げ、威勢大いにふるっていた。そこで大司馬の地位を求めたが、曹操(そうそう)がこれを許さなかったことを恨みに思い、許都を襲おうと考えていた。そこで呉の太守である許貢(きょこう)はその旨を曹操に密告しようとした。しかしことが事前に明らかになり、怒った孫策により処刑された。これを恨みに思った許貢の食客三人は、敵討ちの機会を狙っていた。
ある日孫策は鹿狩りのため、山の上まで一人深追いをしていた。すると林の中に武装した三人の男を見かけたので、声をかけた。
「その方らは何者か」
「韓当(かんとう)様の部下です。ここで鹿を射止めようと待っておりました」
と言うので、そのまま行き過ぎようとしたとき、突然一人が槍を孫策の左の腿に突き立てた。孫策はいそいで刀を抜き斬り付けようとしたが、刀身と鞘の繋ぎ目が緩んでおり、鞘だけが手の中に残った。その隙にもう一人が放った矢が、孫策の頬面を貫いた。孫策がその矢を抜き取って弓につがえ、矢を放った者へ射返せば、その者は一名を失いばたりと倒れた。他の二人は左右より槍で突き立て、
「我々は許貢殿の食客だ。思い知れ」
と叫んだ。孫策は刀が無いので、やむを得ず弓で防ぎながら逃れようとしたが、体に数ヶ所も槍を受け、馬も傷ついた。もはやこれまでかと思われたとき、程普(ていふ)が数人の者を引き連れて駆けつけ、二人を斬りきざんだ。

 

さて孫策は傷を癒すため、名医の華佗(かだ)を呼び寄せようとしたが、彼は既に呉の地を去っていた後だったので、残っていた弟子に治療を命じた。その者が言うのには、
「矢尻に毒が塗ってあり、その毒がすでに骨に達しております。百日間は絶対に安静に過ごされなければなりません。もしご立腹なさって気を高ぶらせたりすると、大事に至りますぞ」
とのことであった。
孫策は非常に短気なたちであったので、傷がすぐに癒えないことを大変もどかしがっていた。そこへ許都へ行っていた使者が帰ってきたと聞いたので、呼び寄せて様子を尋ねた。
「許都の者は曹操をはじめとしてみな孫策様を恐れていますが、郭嘉(かくか)のみは孫策様を軽んじております」
「郭嘉はどんなことを申しておるのか」
「郭嘉は以前、曹操に、孫策様は恐るにたらず。軽率で浅慮、短気で智謀がなく、いずれ弱輩の手にかかって死ぬであろうと申しました」
孫策はこれを聞いて大いに怒り、傷が癒えるのを待たずに戦を起こす準備をはじめようとした。臣下がこれを諌めているところへ、袁紹(えんしょう)からの使者がやってきた。