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曹操 袁紹に打ち据えられ 官渡に軍を引く

さて袁紹(えんしょう)が官渡へ向かって兵を起こすと、曹操(そうそう)は許都の留守を荀ケ(じゅんいく)に任せ、七万の軍勢を整えてこれを迎え撃つべく打ち立った。袁紹が出陣するに当たって、田豊(でんぽう)は獄中より書状にて次のように諌めた。
「今は静かに守りに徹するときであり、みだりに大軍を起こすべきではありません」
しかし逢紀(ほうき)が讒言を弄して田豊をより不利な状況に陥れた。袁紹がいよいよ田豊を斬ろうと息巻いたが、諸官が許しを乞うたので田豊はそのまま牢獄に繋がれることとなった。袁紹は大軍を打ち立てて意気揚々と突き進んだ。すると沮授(そじゅ)が、
「我が軍は大群なれど、質において敵に負けています。しかし敵は精鋭ですが兵糧において我が軍より劣っています。しからば戦を長引かせれば兵糧の貧しい敵は自滅するでありましょう」
と言うと、袁紹は、 
「田豊めは我が軍の士気を乱そうとしたため、戦が終わったら首をはねようと思っておったが、貴様までそのようなことを申すのか」
と怒り、沮授を陣中に捕らえさせ、七十万人の大群に陣を備えさせた。

 

さて、曹操の陣営では袁紹の率いる大群に恐れおののかぬ者はいなかった。曹操は幕僚たちを集めて協議したが、荀攸(じゅんゆう)の言うのに、
「袁紹の軍勢は多勢とはいえ、恐るに足りません。我が軍は一騎当千のつわ者揃い。今は勝負を一気に決めることが肝要です。もしいたずらに月日を重ねれば、兵糧が尽きて勝ち目も薄くなるでしょう」
「うむ、わしもそれを考えておった」
と曹操は、ただちに軍を進めた。袁紹はこれを迎え出て、両軍陣形を整えた。
そして曹操が張遼(ちょうりょう)を出馬させれば、袁紹の軍勢からは張こう(ちょうこう)が迎え撃つ。両将は四、五十合打ち合っても勝負がつかない。曹操はこれを見て内心驚いていたところに、許ちょ(きょちょ)が加勢に打ち出て、高覧(こうらん)がこれを迎える。こうして四人の大将が腕を競い合う間に、曹操は夏侯惇(かこうとん)、曹洪(そうこう)に命じて、それぞれ三千兵を率いて、一斉に敵陣に斬り込ませた。しかし袁紹の軍勢がいち早くこれに気づき、石火矢を散々に射掛けた。曹操の軍勢がどっと敗走し、全軍、官渡まで引き下がった。