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董卓小帝を廃し、献帝を立てる

さて董卓(とうたく)が袁紹(えんしょう)を斬ろうとすると、李儒(りじゅ)が止めた。
「陳留王(ちんりゅうおう)を立てることが決まっていない内に、やたらと殺してしまうのは良くありません」
袁紹は刀を抜いたまま百官に別れを告げて退出すると、官職を棄て、冀州(きしゅう)へ旅立っていった。
袁紹を除く百官は全て董卓の意に従い、反対する者はいなかった。

 

さて、百官が解散してから董卓は左右の者に訪ねた。
「袁紹の奴はこれからどうするつもりだろう」
「もし手厳しく追い立てたりすれば、かえって謀反の心を起こさせるようなものです。それに天下には袁家の恩に預かった連中が沢山います。もし袁紹が彼らを集めて謀反を起こせば面倒なことになります。袁紹は決断力のない男ですから、むしろ鷹揚に構えて官位を授けてやって、民衆の心を掴むようにした方が得策です」
董卓はこの策を取り入れた。

 

九月一日、董卓は帝と百官を集めた。そこで白刃を手にして一同に、
「今上陛下は愚かで気力の弱く、国家の主であることが出来ない。よって廃立するものとする」
董卓は左右の者に命じて帝を玉座より引き下ろし、臣下の列に加えた。また何太后(かたいこう)を引き出して朝服を脱がせた。お二人は声を上げてお泣きになり、群臣たちは一人として顔を曇らせない者はいなかった。その時、一人の大臣が大声で叫ぶなり、手にしたしゃくをふるって董卓におどりかかった。
「賊臣董卓め、天を欺く所業とはこのことだ」
董卓は大いに怒って、武士に取り押さえさせて斬り捨てるように命じた。大臣は息もつかず罵り続け、死ぬ時まで凛としていた。

 

董卓は陳留王(ちんりゅうおう)を帝に立て、献帝(けんてい)とした。董卓はこの手続きが終わると、何太后と前帝及びお妃を永安宮(えいあんきゅう)に閉じ込めて人の出入りを禁止した。董卓は相国(しょうこく。政治における最高位の官職)となって、謁見するにも名を言わず、御前において小走りせず、剣を携えたまま殿上にのぼり、その威勢は凄まじいものがあった。(臣下は天子のご質問に答える際には姓名を名乗らねばならず、天子の御前に出る場合は小走りで歩まなければならず、剣を携えて殿上にのぼる事は許されておらず、これがゆるされるのは天子の位を継承する者だけであった)

 

李儒が名士を採用して人望を集めるよう進言して蔡よう(さいよう)を推薦したので、董卓は蔡ように出仕を命じたが、彼はそれに応じなかった。
董卓は怒って、もし出仕しなければ一族皆殺しにすると脅し、止む得ず蔡ようは出頭した。董卓は蔡ようを重く用いた。