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董卓小帝を殺め、王允諸侯を集めて計を謀る

さてその頃、小帝(しょうてい)とお妃及び何太后は永安宮に押し込められて、衣服や飲食にも事欠く次第。
董卓は李儒に武士十人を引き連れて永安宮へ行き、小帝をあやめてくるよう命じた。小帝は何太后、お妃とご一緒に二階におられたところに、李儒が毒を盛った酒を勧めた。
しかし何太后が激しく罵りなかなか酒を飲まないので、何太后を二階から突き落とし、刑手にお妃を絞め殺させ、小帝には力ずくで毒酒を飲ませておいて、帰って董卓に報告した。

 

それより董卓は夜毎に宮中に踏み込んで女官を姦しまわり、天子の寝床に寝た。またある時は軍を率いて城を出て、祭りをしている村を襲い、男は一人残らず殺し、女や金目のものは略奪して「賊を討伐して大勝利を収めた」と言い立てた。

 

ある越騎営(えつきえい)の隊長は董卓の残虐非道の振る舞いを見るにつけ怒りに絶えず、出仕のたびに服の下に細身の鎧をつけ、短刀を隠し持って彼の命を狙っていた。ある日、董卓の出仕の際に刀を抜くなり董卓に襲い掛かった。しかし、彼の豪腕に逆に抑えられ、駆けつけた呂布(りょふ)に引き倒された。
「誰に謀反を唆されたか」
と董卓に問われれば、
「貴様とわしは主従関係ではない。謀反とは何事だ。貴様の罪は天の知るところで、みながみな殺してくれようと思っているのだ。貴様を車裂きにして天下に晒してやれないとは無念だ」
董卓は大いに怒り、引き出してばらばらに切り刻むように命じた。隊長は死の間際まで罵り続けた。それ以来董卓は、出入りの際には常に甲冑の兵士を護衛につけるようになった。

 

さて、袁紹はその頃、打倒董卓を目指し兵を訓練していた。そしてその旨を密書にしたためて、王允(おういん)に送った。
王允は密書を読んで思案を巡らせたが良い案が浮かばなかった。そこで旧臣たちを自分の屋敷に招いて酒宴を開き、酒がそこそこ回った頃合を見て、顔を覆って激しく泣き出した。
一同驚いて、
「これはどうなされたか」
と問えば、
「董卓は帝を軽視し大権をほしいままにし、国の前途は今日のありようも分からぬ有様。漢帝国が董卓の手によって葬り去られようとは誰が考えたでしょうか。それを思うと私は涙が止まらないのです」
聞いて一同も涙を流した。と、一人手を叩き声を上げて笑いながら、
「朝廷の大臣方々が、朝晩泣き通しておられて、まだ董卓を泣き殺すことができないのですか」
王允が見れば、曹操(そうそう)である。
「そなたも代々漢王朝に養ってもらった身ではないか。このような時に国に報いようともせずに笑うとは何事だ」
「わたしが笑いましたのはご一同が董卓を殺す策をお持ちでないことを笑ったまでです。わたしは非才ですが、即刻董卓の首を掻き斬って都の門に掲げ、天下の見せしめにしてみせましょう」
と、曹操は答える。