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曹操陳宮と旅路を共にし、誤って罪なき者を殺める

さて曹操は城外に逃れ、実家を目指して一目散に逃げていった。しかし途中の関所で捉えられ、県の責任者陳宮(ちんきゅう)の前に引き出された。
「私は人相書きの者ではありません」
と、曹操が言うと、陳宮は曹操をじっくりと見つめ、しばらく考え込んでから、
「わしは以前都で貴様をよく見かけて知っておる。貴様は間違いなく曹操だ」
と言うと、関所の兵士達に
「ひとまず牢屋に入れておけ。明日都へ護送して恩賞にあずかろう」
と言うと、褒美の酒や肴を与えて引き取らせた。

 

夜中、陳宮は側近の者に命じてひそかに曹操を牢屋より引き出して、奥の私室に連れてこさせた。
「貴様は董卓殿に厚く用いられていると聞いていたが、なぜ自ら賞金首になるような真似をしたのか」
「『燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや(小物には大人物の考えることは分からない)』貴様はこうして私の身柄を捕らえた以上は、早々に都へ連行して恩賞を受け取ればいいのだ。余計なことを聞くな」
すると陳宮は左右の者を退けた。
「曹操殿はなにゆえそれがしを軽く見るのだ。それがしとて忠義の心を持ち、まことの主を求めている者だ」
それを聞いて曹操は、
「わたしは代々漢王朝に養っていただいた身。もし国に報いる気持ちが無ければけだものと同じこと。わたしが道理を曲げて董卓に仕えていたのも、機会を見て国のために害を除こうと思っていたからだ。しかし、それも仕損じ、こうして捕まったのだ。これも天意であろうか」
「曹操殿は、どこに逃れようとしていたのですか」
「郷里へ帰り、偽りの詔書を作って天下の英雄を集め、兵を起こして董卓を倒そうとして考えておった」
これを聞くと、陳宮は曹操を縛っている縄を解き、上座に勧めて再拝した。
「曹操殿はまことに天下の忠義の士です。それがしは曹操殿の忠義の心に感じ入り、これより官職を棄てて曹操殿のお供をさせていただきたく存じます」
曹操は大変喜んだ。陳宮はその夜の内に身支度を整えて、曹操と共に旅立った。

 

それから三日間進んだ時、曹操はある森の奥を指し示した。
「ここには呂伯奢(りょはくしゃ)といって、我が父と義兄弟の契りを結んでおる方がいる。訪ねてみて郷里の状況を聞き、一夜の宿を求めてみるのはどうだろうか」
「それは名案です」
二人は屋敷の前まで行くと、中に入って呂伯奢を訪ねた。呂伯奢が言うには、
「朝廷では各地に触れを出して、そなたを厳しく追っていると聞いているぞ。そなたのお父上も今は陳留(ちんりゅう)へ逃れておる。よくここまで来ることが出来たのう」
曹操はこれまでの事を告げ、
「陳宮殿に出会わなかったら、今頃五体ばらばらになっていたことでしょう」
呂伯奢は陳宮に頭を下げて、
「この甥が、もし貴殿にお会いせねば、曹家の一族は死に絶えていたことでしょう。貧相な家ではありますが、今宵はごゆっくりとお休みください」
と立って奥へ入っていった。しばらくして出てきて陳宮に、
「我が家には良い酒もありませんので、西の町まで行って買って参ります」
と言うと、急いで驢馬(ろば)に乗って出て行った。
曹操は陳宮としばらくそのまま待っていたが、やがて屋敷の裏手で刀を磨ぐ音が起こった。
不審に思った曹操が、陳宮と共に裏手に回ると、
「縛って殺したらいい」
と言う声が聞こえてきた。曹操は、

「呂伯奢はわたし達を殺す気だ。先手を打つぞ」
と言うなり、二人は剣を引き抜いておどり出し、居合わせた八人を皆殺しにした。
しかしよく見てみると、豚が縛って殺す準備が出来ている。
「これはしまった。曹操殿、疑いすぎて罪もない者を殺してしまいましたな」
二人は急いで屋敷を出て、馬に乗って逃げた。
ところが二里も行かぬ所で酒や果実を買ってきた呂伯奢と出会った。
「これは曹操と陳宮殿。なぜそんなに急いで帰られるのか」
「追われる身ゆえ、長居するわけにはいきませんので」
「わしは家の者に豚をつぶしておもてなしするように申しつけておいた。そんな事は言わず、屋敷に戻りましょう」
曹操は突然剣を抜くと呂伯奢を斬り殺した。陳宮は驚き、
「先ほどは思い違いであったのに、これはなんということをなさるのですか」
「呂伯奢が家に帰って家の者が殺されているのを見れば、黙ってはいないだろう。もし人を集めて追ってきたら大変なことになるではないか」
「しかし罪もないのを承知の上で殺すのは、大きな悪行でしょう」
「わたしは、自分が天下の人を裏切ろうと、裏切られるのは我慢ならんのだ」
陳宮は返す言葉もなく黙り込んでしまった。
その夜、曹操が先に眠った。陳宮はつくづく考え、

「わしは曹操を立派な人物だと見たからこそ、官職を棄ててついて来たのに、こうも残忍な男とは知らなかった。このまま生かしておけば、必ずや後の禍いとなるであろう」
と、刀をかざして曹操の胸を狙った。さて曹操の命はどうなるか。それは次回で。