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曹操偽りの詔を発し、劉備討伐に立つ

さて陳宮(ちんきゅう)は今にも曹操(そうそう)を殺そうとしたが、内心「わしは国のために彼に従ってここまで来たのだ。ここで曹操を殺せば義が立たなくなる。ええい、こやつを棄てて他へ行こう」と思い直し、剣を収めるとそのまま一人立ち去った。朝になり曹操が眼を覚ますと陳宮が居ない事にことに気が付き、「あの男は昨夜のわたしの言葉から、わたしを不義理な男と思い、一人で行ってしまったのだろう」と考え、馬を飛ばして陳留(ちんりゅう)に着いた。そして父親に対面してこれまでのことを話すとともに、家財を投げ出して義兵を募りたいと願い出ると、父親が、
「軍用金が少なくては話にもなるまい。この土地には衛弘(えいこう)という優れた人物がいるが、巨万の財を持ち、義のためには金を惜しまぬお方だ。彼の力添えを得ることが出来れば、お前の志もかなうだろう」
と言うので、曹操は宴席を設け、頭を低くして衛弘を招くと、志を語った。すると衛弘は曹操の志に共感し、家財を傾けても協力する旨約束した。
曹操は大いに喜んで、まず偽りの詔を各地へ発して、その上で義兵を募った。すると二、三日の間に、大量の勇士達が集まった。
ある日、姓は楽(がく)、名は進(しん)、字を文謙(ぶんけん)という者が曹操の下に馳せ参じてきた。また、姓は李(り)名は典(てん)、曼成(まんせい)という者もやってきた。曹操はこの二人を本陣付きの役人とした。
また、夏侯惇(かこうとん)が従弟の夏侯淵(かこうえん)と共にそれぞれ千名の兵士を率いてやって来た。更に日を追って曹仁(そうじん)、曹洪(そうこう)がそれぞれ千余名の兵士を率いてやってきた。彼らは曹操の従兄弟である。曹操は大いに喜び軍馬を調練した。

 

その頃袁紹(えんしょう)は曹操からの偽りの詔を読み、三万人の兵を率いて曹操の軍に合流してきた。
曹操は董卓(とうたく)の罪を責め、大儀の為に兵を起こす旨の檄文を各地に飛ばした。この檄文が届くなり、各地の諸侯はみな兵を起こしてこれに応じた。

 

さて、檄文に応じた公孫さん(こうそんさん)は曹操に合流する為進軍するうち、五、六騎の武者が走ってくる。よくよく見てみれば、劉備(りゅうび)である。
「やあ劉備、何故ここに」
と訪ねると、
「公孫さん殿がここを通ると聞き、当地にてご休憩して頂こうとお待ちしておりました」
公孫さんは関羽(かんう)、張飛(ちょうひ)を指さし、
「この者達は何者か」
「関羽、張飛と申し、わたしの義兄弟です」
「ならば共に黄巾賊(こうきんぞく)を破った者たちか」
「あれは全てこの二人の力によるものでございます」
「今、天下の諸侯共々に立って董卓を討たんとしているのだ。貴公も共に賊を討ち、漢王朝の為に力を尽くされたらどうだ」
「是非お供させて頂きます」
すると張飛が、
「あの時、俺にあの野郎を殺させておいてくれれば、こんな事にはならなかっただろうに」
と呟いた。