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関羽華雄を討ち、董卓二十万の兵を率いて進軍する

一同が振り向けば、そこに居るのは関羽である。
公孫さんが、
「こやつは劉備の弟で関羽と申す者です」
袁紹が関羽の職を聞けば換羽は弓兵の職を答える。すると袁紹は、
「こやつ、弓兵風情が大言を吐くか。控えておれ」
と怒鳴り返す。そこで曹操が急いでとりなし、
「袁紹殿お待ちください。この者ここまでの大言を吐く上には相当の自信があるのでしょう。まずは出陣させてみせて、もし逃げ帰ってきたならばその時に責めても遅くは無いではないですか」
関羽も
「もし華雄を討ち取ることが出来なかった暁には、それがしの首を献上いたします」
と誓う。

 

そうして関羽が出陣する際に、曹操は熱い酒を盃についで、関羽に振舞った。関羽は、
「その酒はしばらくお預かりくだされ。それがし速やかに戻るでしょう」
と言うと、ひらりと馬にまたがった。
すると関羽が出陣してすぐに外から大声や太鼓の轟きが聞こえてくる。一同が驚いて様子を見に物見を出そうとした時、関羽が華雄の首を引っさげて帰ってきた。その時曹操の酒はまだ温かかった。
曹操は大いに喜んだ。すると、劉備の後から張飛が飛び出して言った。
「俺の兄貴が華雄を討ち取ったぞ。今の内に水関に攻め込み、董卓を生け捕りにしてやろう。迅速さが大切だ」
袁紹は大いに怒って、
「足軽風情がなんと出過ぎた真似をするのだ。ものどもこやつを叩き出せ」
「功績がある者を評価するのに、貴賎の差は関係ないではありませんか」
と曹操が取り成した。しかし場の雰囲気がよろしくないままなので、曹操は公孫さんに命じて劉備、関羽、張飛を下がらせた。そしてひそかに肉や酒を届けさせた。

 

さて、華雄が敗戦すると、李粛は慌てて董卓に知らせを送った。董卓は急いで李粛と呂布(りょふ)を呼び寄せ協議した。李粛は、
「賊は今華雄将軍を討ち取って勢いに乗っています。盟主袁紹の叔父は現在高い位にいますが、もし彼が賊に味方をしたとあっては面倒な事態になります。まずは彼を殺した上で、董卓様直々に大軍をもって賊を打ち破ることこそが最善だと考えます」
と言った。
董卓はその案を取り入れて、袁紹の叔父の一族を年寄り子供に至るまで皆殺しにした。そして董卓は二十万の兵を伴い反董卓連合の討伐に出発した。
董卓は兵を二手に分けると、李かく(りかく)、郭(かくし)に兵五万を与えて水関を守らせた。董卓自らは十五万の兵を率いて李粛、呂布、樊稠(はんちゅう)、張済(ちょうさい)を従え、虎牢関(ころうかん)を守った。

 

董卓の動きを察した物見が袁紹へ報告したので、袁紹は諸侯を集めて軍議を開いた。そこで曹操が次のように提案する。
「董卓が虎牢関に兵を敷いたのは、我々の背後を絶とうとの策でしょう。軍勢を分けて攻め込むのが良策でしょう」
そこで袁紹は諸侯八軍を虎牢関に差し向け、曹操を待機軍として守りに備えさせた。そうして虎牢関を攻め込むと、呂布が陣頭に姿を現した。威風堂々とした他者を圧倒するいでたちである。諸侯八軍は大将を戦わせたが、呂布にはまるで敵わない。諸侯は陣に帰って協議したが、曹操は、
「呂布の武勇の前には、誰も相手になりますまい。どなたか何か良い策はありませんか。もし呂布を生け捕りに出来れば、董卓を滅ぼすのも簡単なことでしょう」
と言ったが、これといって意見が出ない内に呂布が攻めてきた。呂布は公孫さんを追いかけて、まさに討ち取ろうとしたその時、横合いより一人の英雄が飛び出して、矛を手に呂布に挑みかかった。
「この親父を三度も変えた畜生野郎が。我は張飛なり」
呂布は公孫さんを追うのをやめると張飛に打ちかかり、張飛もj渾身の力で呂布と力比べをする。打ち合うこと五十数回、勝負がつかないところへ、関羽が青龍偃月刀(せいりょうえんげつとう)をもってして呂布を挟み撃ちにする。三十回打ち合っても呂布を倒せずにいるとき、劉備が両手にそれぞれ剣を持つと加勢に加わった。この三人が呂布を囲んで、怒涛の如くに攻め立てれば、他の将軍達はその勢いに押され呆然と眺めるばかり。呂布は戦うことに疲れ、劉備目掛けて一撃を放ち、劉備がかわす隙に馬を飛ばして逃げ始める。劉備、関羽、張飛が逃がすまいと馬に鞭打ち追いかけるが、呂布は関の下まで逃げおおせる。すると張飛が董卓の姿を発見した。
「呂布を折ってもどうにもならん。まず国賊董卓を生け捕りにして、悪党どもを一網打尽にしてやろう」
さてこの勝負はどうなるか。それは次回で。