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洛陽荒廃し、曹操董卓を追いかける

「わしは天下のためを思っているのだ。人民などどうなろうと知ったことではないわ」
と、即日楊彪ら反対意見を述べた者たちを罷免した。その上でさらに反対する者は処刑し、遷都の命令を出し、翌日出発した。
李儒(りじゅ)が、
「只今軍用金や食糧が不足しておりますが、洛陽にはゆたかな者が沢山おりますので、これを機に財産を没収したらよいと思います。また、袁紹に縁りがある者は全て一族郎党皆殺しにして、財産を取り上げれば巨万の富を得ることが出来るでしょう」
董卓はその意見を取り入れて、早速その通りにした。また、洛陽の都を焼くと共に、先帝や妃の墓を暴いて遺体と共に収められていた金銀財宝を取った。人民の間には悲痛な悲鳴が途絶えることがなく、道中で数多の死者が出た。

 

さて、孫堅は洛陽目指して急進したが、時既に遅し、人は勿論鶏一羽犬の一匹さえ見えない有様であった。孫堅はまず火災を消し止め、諸侯に軍馬を休ませるように忠告した。

 

曹操(そうそう)は袁紹をたずねて言った。
「董卓が逃げた今こそ一気に追撃するべき機会ですのに、なぜ袁紹殿は軍を止めて動かないのですか」
「諸侯の兵は疲れきっており、今追いかけたところで董卓を倒すことは出来まい」
続いて諸侯へ向かって言った。
「董卓が宮殿を焼き、帝を無理矢理お移ししたことで、天下が動揺して収まることがない有様です。今こそ天が董卓を滅ぼそうとしている時。なぜ皆様方はこの機に動かないのですか」
しかし同意は得られず、曹操は己の手勢のみを引き連れて、単独で董卓を追いかけた。

 

さて、その頃李儒が董卓に言った。
「こうして洛陽を棄てた以上、追手を防がねばなりません。そして二度と追う気が起こらないように徹底して叩くのです」
董卓はその作戦に従い、呂布に精鋭を率いて後詰をさせた。やがて曹操の軍が追ってきた。
呂布は「李儒の言ったとおりだ」と大笑いして軍勢を展開させた。
曹操と呂布は互いに罵りあい、戦が始まった。夏侯惇(かこうとん)が槍を持って呂布に突いてかかり、数合も渡り合わないうちに、李かくが一隊を率いて左から殺到してきたので、曹操は急いで夏侯淵(かこうえん)に迎え撃たせれば、今度は右から郭(かくし)の一隊が殺到した。急いで曹仁(そうじん)に助けに行かせたが、呂布の精鋭軍を筆頭に三軍の勢いは凄まじいものがあった。
曹操の軍は大敗し、ある禿山の麓まで逃げ去った。疲労困憊した兵たちを集め、鍋を用意して食事を作ろうとしていた時、突然四方に大声が響き、伏兵が一気に打って出てきた。