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公孫さん袁紹と和解し、趙雲劉備と別れがたし

袁紹の護衛がとっさに弓を放とうとしたが、たちまち五、六人続けざまに突き倒されて、他の者は慌てて逃げ出した。背後から公孫さんの軍勢が現れて、袁紹を取り囲もうとする。
それをみて田豊が、
「殿、ひとまずあの物陰にお隠れください」
と言えば、袁紹は兜を地面に叩きつけ、
「男と生まれた限りは戦で果てるのは本望じゃ。逃げ隠れまでして生き延びようとは思わぬわ」
趙雲は袁紹の軍勢の必死の防戦に囲まれて、公孫さんを助けに行けない。そこへ敵の大群と顔良の手勢に左右から攻めかかられて、公孫さんを庇いながら囲いを切り抜けようと何とか公孫さんのそばまで戻ってきた。袁紹は息もつかない勢いで責めてきて、公孫さんの兵士は数知れず死んだ。もはやこれまでと思われた時、山陰からどっとときの声が上がり、一隊の軍勢が三人の大将を先頭に現れた。その三人とは言わずと知れた劉備(りゅうび)、関羽(かんう)、張飛(ちょうひ)である。三人は公孫さんが戦うと聞いて、加勢に駆けつけたのである。たちまち三人は勢いに乗って袁紹軍に襲い掛かる。袁紹は魂も消えそうなほどに驚き、手にした刀を取り落として一目散に逃げていった。
公孫さんは、
「劉備殿が遠路はるばる加勢に来てくれなかったら、わたしはどうなっていたことか」
と言い、趙雲を引き合わせた。劉備と趙雲は互いに敬愛の情を抱き、離れがたい思いに胸が一杯になった。

 

さて、袁紹はこの一戦に敗れて以来、守備を固めて出陣せず、両軍にらみ合いのまま一月あまりが過ぎた。これを長安の董卓へ間者が知らせた。李儒(りじゅ)が董卓に、
「袁紹と公孫さんはいずれも豪傑。今合戦中とあれば、天子に詔を請い、使者を派遣して二人を和解させたらよろしいでしょう。そうすれば二人は恩義を感じて董卓様に従うはずです」
董卓は頷くと、次の日早速二人の使者を立てた。二人が陣屋に到着すると、袁紹は百里先まで出迎えて、再拝して詔を頂いた。翌日二人が公孫さんの陣屋へ行って詔を伝えれば、公孫さんは使者を立てて袁紹へ和解を申し出た。役目を果たした董卓の使者二名は都に帰って報告した。公孫さんは即日陣を引き払って帰郷しており、その際劉備を平原の責任者に推薦する文章を送った。
劉備と趙雲は別れにのぞんで手を取り合って涙を流し、いつまでも離れようとしなかった。
「それがし公孫さんを英雄と思い込んでいましたが、それは誤りでした。今となってみれば彼も袁紹と同類です」
と言えば、劉備も、
「今しばらく我慢しておれ、いずれ再会する日があるでしょう」
と、二人は涙を振り切って別れた。