三国志演義.com - やさしく読める三国志演義 -

孫堅劉表と争い、山中にて屍となる

さて、袁術(えんじゅつ)は袁紹がき州を手に入れたと伝え聞き、馬千頭を貰いたいと願い出た。しかし袁紹が断ったので、以来兄弟の仲が悪くなった。次に袁術は劉表に兵糧を貸してくれるよう申し出たが、これも断られたので、逆恨みした。袁術は孫堅に共に劉表を倒そうと密書を送った。
孫堅は以前劉表に帰路を邪魔されたことを恨んでいたので、この計画に賛同した。そして協議の上早速出陣した。孫堅の動きを劉表の間者が掴んだので、劉表に急ぎ報告した。劉表は大いに驚き、急ぎ配下を集め対策を講じた。かい良(かいりょう)が言うのに、
「恐れるには及びません。黄祖(こうそ)に命じて先手とさせ、殿は後詰をなさいませ。孫堅は長距離を移動してやってくるので、疲労で戦うどころではありますまい」
劉表は納得し、黄祖に先手を命じ、自らは大軍をおこした。

 

孫堅には四人の子がいたが、長男の名を策(さく)、字を伯符(はくふ)と言い、次男の名を権(けん)、字を仲謀(ちゅうぼう)と言った。
孫堅が出陣の日、長男の孫策が、
「父上、是非ともわたくしをお供させて下さい」
と願い出た。孫堅はこれを聞きいれ、孫策と共に出陣した。黄祖は石弓の射手を長江の岸に潜伏させておき、劉表軍の船が近づくと一斉に射かけさせた。孫堅は陽動作戦に出て、劉表軍が矢を射るように仕掛けた。劉表軍の矢が尽きた頃、孫堅は兵士達に一斉に矢を射掛けさせた。劉表軍がたまらずに退却すると、それを追いかけると同時に、程普と黄蓋を二手に分かれさせて黄祖の本陣を襲った。また、韓当は裏手から攻め込んだ。三方から攻め立てられた黄祖は大敗し、逃亡した。孫堅は黄蓋に守りを任せ、自らは兵を率いて追撃した。黄祖は草原に陣をしいてこれを迎えた。黄祖の将軍が打って出ると、孫策の弓で見事に射殺す。程普は黄祖を生け捕りにしようと馬を駆って斬り込み、黄祖は命からがら逃げ切った。劉表は続いて蔡瑁(さいぼう)に一万余の軍勢を与え、出陣させた。孫堅が勝利の勢いに乗って進軍し、蔡瑁と衝突すると、
「あれは劉表の後妻の兄であるぞ。誰か生け捕りにしてこい」
と命じた。その言葉に程普が矛を手に蔡瑁と一騎打ちをしたが、数合しただけで蔡瑁は城へ逃げ出した。

 

さて孫堅は軍勢を四つに分け、城を取り囲んで攻め立てた。するとある日ふいに狂風が吹き起こって、孫堅軍の旗竿を折った。それを見た韓当は、
「これは不吉の兆しです。いったん兵を引き揚げるのがよろしいと存じます」
と言ったが、孫堅は、
「我が軍はこれまで連戦連勝、城を落とすのも目に見えているではないか。旗竿が折れた程度のことで、兵を引くことなどないわ」
と言って聞き入れない。
一方、劉表軍ではかい良が、
「それがしが天文を見たところ、孫堅の死が予言されております。ここは速やかに袁紹殿へ加勢を求めるのがよいでしょう」
と進言した。劉表が囲みを破って袁紹のもとに行く者があるかと聞けば、一人の将軍が進み出た。そこでかい良が、
「そなたが行くと申すなら、わしに策がある。弓に優れた者を引き連れ、囲みを破ったら一気に山へ走れ。孫堅は必ず追ってくるだろうから、兵士に大石を集めさせ、一斉に矢と大石を浴びせさせてやるのだ」
と策を授けた。将軍はその通りにすると、狙い通り孫堅は僅かな兵を引き連れて追いかけた。そして山頂に登ろうとした時、矢と大石が雨あられと降りかかった。孫堅は全身に矢と石を浴び、脳味噌を撒き散らして死んだ。

 

両軍夜の明けるまで大合戦の末、それぞれ軍を引き揚げた。孫策は父が死に、屍が劉表の手中にあると知り、声を上げて泣き叫んだ。
「父の屍を敵の手に残して、故郷に帰ることは出来ない」
孫策の言葉に、黄蓋が、
「わが軍にて黄祖を生け捕っておりますので、孫堅様のご遺体と引き換えに致しましょう」
と言った時、桓階(かんかい)が進み出て、
「それがし劉表と旧交がございます。なにとぞ、使者の役目をお申し付けください」
孫策はこれを許した。桓階は劉表に対面し、この旨を申し入れた。劉表は条件を飲み、今後争うことは止めようと答えた。桓階が礼を述べて帰りかけた時、かい良が進み出て、
「それはなりません。それがしに一計あり。まずは桓階をお斬り下され」
と言う。桓階の命はどうなるか。それは次回で。